『後半に足が止まる』の研究
2024/12/19
プロチームの環境で訓練された選手であっても、試合の終盤になれば必ず走行距離やスプリント数の数値が下がり始めプレー強度は落ちていくものです。
しかし、これまで『サッカー選手のスタミナ』についても様々な角度から研究を行ってきましたが、90分という時間であれば、トレーニングメニュー次第で大凡どの選手であっても強度を落とさずプレーができることが解ってきました。
この『スタミナ』に関する研究は私の中では比較的歴史の浅いテーマとなりますが、それでも、昨年の段階で有用な成果を一つ見つける事ができたので、今回はそれについて書いていきます、
✔️試合の走行距離において最も高い効果を示したトレーニング
『運動量を落とさずに90分走り切る』というテーマで、これまで長距離走やタバタプロトコルなど、様々なトレーニングメニューを実施し、実際にトレーニングマッチの中でGPSを用た検証実験を検証を行ってきました。
様々なトレーニングメニューを試した結果、現時点で最も高い効果を示しているメニューは、
毎週のトレーニングマッチにおいて、1選手あたり120分の出場時間を確保する。という方法です。
非常に単純かつシンプルなメニューではありますが、これが現段階では他のメニューと比較しても突出して高い効果を示しています。
一般的な選手生活において、肉体に最も大きな負荷がかかる運動は90分を全力で戦う公式戦です。言ってみれば、日頃行われる全てのトレーニングメニューは公式戦以下の強度に留まるという事にもなります。
日常で最高負荷のトレーニングが90分の試合であるとするなら、当然選手の身体は90分で体力を使い切るように調整され、試合終盤にはフィットネスパフォーマンスが落ち始めるる事は避けられません。
それでは、毎週のトレーニングマッチを40分×3本の系120分にしたら、選手のフィットネスパフォーマンスにはどのような変化が見られるのでしょうか。それは、
走行距離とスプリント数が落ち始めるのは3本目の終盤、つまり100分を超えた辺りになります。
✔️毎週120分出場がもたらしたトレーニング効果
所属選手に毎週120分の出場時間を与えるこのトレーニング法を、私はそのまま“120分法“と名づけました。
厳密には選手によってプレー時間には多少のバラつきは出てしまうものの、日頃のトレーニングマッチにおける出場時間を40分×3本としたところ、多くの選手の後半のトラッキングデータが前半のデータに劣らなくなるという効果を得る事ができました。
以下画像は120分法を導入した選手の先週のトラッキングデータです。私はサッカー用GPSトラッカーを1台しか所有していないため、試合あたりでデータを取れる選手は1人づつとなりますが、一つの参考例として掲載しておきます。
【山口選手のトラッキングデータ】
(1本目)(2本目) (3本目) 当選手は当日41分、42分、33分の出場となっていますが、同じ時間あたりに直すと、120分を通して90分11kmのペースを維持した事になります。90分を超える時間の出場が日常化すると、この選手の様に90分を超えた後も全選手のスプリント数や走行距離が落ちなくなっていきます。
一般的に、どの選手であっても試合後半よりも前半の方がトラッキングデータの値が良いものですが、“前半のデータに劣らない後半“を実現できたのは、私が数多く試したトレーニング法の中ではこの手法一つだけでした。
✔️安全かつ適切に追い込む事ができる理想のメニュー
また、この120分法は選手の安全性という意味でも、非常に優れた特性があります。
一般的にサッカークラブでスタミナ強化を目的として用いられるメニューは、選手達があまり好まない『走り系』のメニューが採用されることが多くなります。そのため、チームメイトやスタッフに『サボっている』とマイナスの印象を持たれる事を恐れ、選手自身から途中離脱するという判断が下し難い特性があります。
疲労が蓄積し怪我のリスクを自覚している選手であっても、全てのメニューに参加しそのリスクをさらに高めていく。選手から『今日はここまでにしたい』と発言しにくいメニューは、怪我人の増加等チーム全体のコンデションを低下させていくリスクが高いのではないでしょうか。
この点に関して、120分法は『ゲーム形式』という大部分の選手達が好むタイプのトレーニングメニューであるため、コンデション不良を感じればトレーニングへの参加を拒否しやすいというメリットがあります。
実際に120分法を導入してみると、毎回綺麗にメンバー全員が120分出場とはいかず、ポジションや戦術の都合上必ず80分〜120分と出場時間のばらつきが出てきます。
そのため、誰かが途中で離脱したとしても、必ず『代わりに自分が出たい』という選手が出てくるため、途中離脱した選手に批判的な感情を抱く選手が少なくなります。
このような理由から、120分法は走り込みよりもトレーニング効果が高く、安全性も高い。
という、選手のスタミナ強化において現段階で私が知る限りベストなトレーニングメニューであると評価しています。
120分法を確立して以来、もう『90分強度を落とさず走り切る』というテーマでの研究はストップしているため、全てに勝るパーフェクトなメニューであるかどうかは議論の余地がありますが、多くの選手はこの120分法の導入で体力における問題は解決できるはずです。
また、今回紹介した120分法は選手個人で取り組む事はなかなか困難であるため、選手個々にとっては使い所の少ないメニューとなりますが、チーム全体として取り組むものとしては非常に優れたコンディショニング法ですので、お試しいただければと思います。